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重荷をおろそう!

私たちは衣食住、ほか様々な重荷を負ってしまいます
明日の心配、今の不安、恐怖心、ストレス
重荷の中身は色々です



疲れて、解決を求め、最終的にキリストのもとに来ます
重荷を十字架のもとに下ろし、自由にされます
こころの板に律法が記されます
これは聖霊の力です
乗り越えられなかった様々な問題、課題を乗り越える力を与えてくれます





神のことばに従えないのは罪の束縛のもとにあるからです
キリストを信じることでその束縛から解放されます
思い煩いからも解放されます
必要な重荷だけを背負って、その力は神からいただくことが出来ます
自由とは、いつも自分自身の罪深さを認め、素直に悔い改めつつ、心からの信仰をもって、
主とみことばに信頼し、
聖霊の導きにゆだねていくところに、このすばらしい「キリスト者の自由」があるのです。
これ以外の方法で自由を得ることはできません。











律法の管理のもとで監督される子ども(奴隷)

今日のポイント
    聖書の祭は、 神のみわざを記念して、代々伝えるため・・・しかし、形式的になっていた
       後の十字架やペンテコステのひな型であった

三大祭り 過越の祭り
         七週の祭り(五旬節、刈り入れの祭り、初穂の日)50日目
              仮庵の祭り・・・第7の月15日から 

ギリシヤ語で「第50の」という意
出エジプトから50日目に十のことば(十戒)が与えられた

「石の板にではなく」「生ける神の御霊によって……人の心の板に」
Uコリ3:3
そして、あなたがたは自分自身が、わたしたちから送られたキリストの手紙であって、墨によらず生ける神の霊によって書かれ、石の板にではなく人の心の板に書かれたものであることを、はっきりとあらわしている。



過ぎ越(初子が死ぬ)       十字架(いけにえの小羊)        
エジプトでの奴隷生活           黄泉に下り             
脱 出                よみがえり
40日(シナイ山、神と交わる)              40日(弟子と交わり)
50日目十戒授与(律法、石の板)       聖霊降臨(律法、心の板)    7週間後 七週の祭り
                ペンテコステ   50日目(小麦収穫、初穂奉献)










サウル王がイスラエルの王であった時とダビデが王になった時



自我(サウル王)の死がどれほど私たちを幸福にするか信じますか?
神が自我の死をなし、古い性質から解放してくれると信じますか?
信仰生活を全うさせるのは助け主によってと信じますか?

詩 62:8
民よ、いかなる時にも神に信頼せよ。そのみ前にあなたがたの心を注ぎ出せ。神はわれらの避け所である。







  割礼とは

★ 割 礼
申命記
 10:15 そうであるのに、主はただあなたの先祖たちを喜び愛し、その後の子孫であるあなたがたを万民のうちから選ばれた。今日見るとおりである。10:16 それゆえ、あなたがたは心に割礼をおこない、もはや強情であってはならない。
申命記30:6
エレミヤ
4:4 ユダの人々とエルサレムに住む人々よ、あなたがたは自ら割礼を行って、主に属するものとなり、自分の心の前の皮を取り去れ。さもないと、あなたがたの悪しき行いのために/わたしの怒りが火のように発して燃え、これを消す者はない」。

エレミヤ 9:25 主は言われる、「見よ、このような日が来る。その日には、割礼をうけても、心に割礼をうけていないすべての人をわたしは罰する。
エゼキエル
44:9 それゆえ、主なる神は、こう言われる、イスラエルの人々のうちにいるすべての異邦人のうち、心と肉とに割礼を受けないすべての者は、わが聖所にはいってはならない。


使徒
7:51 ああ、強情で、心にも耳にも割礼のない人たちよ。あなたがたは、いつも聖霊に逆らっている。それは、あなたがたの先祖たちと同じである。
ローマ
2:29 かえって、隠れたユダヤ人がユダヤ人であり、また、文字によらず霊による心の割礼こそ割礼であって、そのほまれは人からではなく、神から来るのである。
テトス
1:10 実は、法に服さない者、空論に走る者、人の心を惑わす者が多くおり、とくに、割礼のある者の中に多い。



     




詩編 34:18 主は心の砕けた者に近く、たましいの悔いくずおれた者を救われる。
詩編 51:17 神の受けられるいけにえは砕けた魂です。神よ、あなたは砕けた悔いた心を、かろしめられません。

 生まれながらの罪人である人間が、神との関係を保つためにはどうしたらいいか?
     完全な神の目にふさわしく生きられるか?
父なる神の完全な要求に答えられたのは、御子キリストだけだった
      完全な神の前に義人として立てない
・・・・自分を深く見つめる人
神のことばに照らす人
★キリストの完全に信頼することによってのみ




   


要 旨
Uテモ
2:14 あなたは、これらのことを彼らに思い出させて、なんの益もなく、聞いている人々を破滅におとしいれるだけである言葉の争いをしないように、神のみまえでおごそかに命じなさい。
偽教師の教え・・無駄な議論
申命記29:29・・・大事なことは書かれ     大事でもないことは神のもの  


2:15 あなたは真理の言葉を正しく教え、恥じるところのない錬達した働き人になって、神に自分をささげるように努めはげみなさい。
  キリストの真理 → 自由を与える    偽教師の教え  → 束縛を与える  
   ヨハネ8:32    真理は、あなたがたに自由を与える

 

2:16 俗悪なむだ話を避けなさい。それによって人々は、ますます不信心に落ちていき、
2:17 彼らの言葉は、がんのように腐れひろがるであろう。その中にはヒメナオとピレトとがいる。
2:18 彼らは真理からはずれ、復活はすでに済んでしまったと言い、そして、ある人々の信仰をくつがえしている。
       復活は起こった→復活を否定すること


2:19 しかし、神のゆるがない土台はすえられていて、それに次の句が証印として、しるされている。「主は自分の者たち(自分に付く者)を知る」。また「主の名を呼ぶ者は、すべて不義から離れよ」。
     土台・・・聖書
民16:5、民16:25を引用 コラの事件



2:20 大きな家には、金や銀の器ばかりではなく、木や土の器もあり、そして、あるものは尊いことに用いられ、あるものは卑しいことに用いられる。
        尊いことに用いられるなら皆 金の器だ
        何に用いられるか

    

2:21 もし人が卑しいものを取り去って自分をきよめるなら、彼は尊いきよめられた器となって、主人に役立つものとなり、すべての良いわざに間に合うようになる。
          きよめられた器・・・神が用い・・・尊い器
         罪に用いられる



2:22 そこで、あなたは若い時の情欲を避けなさい。そして、きよい心をもって主を呼び求める人々と共に、義と信仰と愛と平和とを追い求めなさい。
      情欲・・・欲望、名誉、闘争心、地位、功名心、野心
                    義と信仰と愛と平和・・・尊い器


2:23 愚かで無知な論議をやめなさい。それは、あなたが知っているとおり、ただ争いに終るだけである。
          あくまでも目標は救い    ・・・打ち負かすことではない

2:24 主の僕たる者は争ってはならない。だれに対しても親切であって、よく教え、よく忍び、 2:25 反対する者を柔和な心で教え導くべきである。おそらく神は、彼らに悔改めの心を与えて、真理を知らせ、2:26 一度は悪魔に捕えられてその欲するままになっていても、目ざめて彼のわなからのがれさせて下さるであろう。
親切、よく忍び、柔和な心で、教え導き ・・・愛   真実の愛が人の心に響いてゆく
              正しい教えも愛がなければ、やかましいドラ



   ★ 今日のポイント

2:20 金、銀、木、土の器
   ・・・尊いこと卑しいことに用いられる。



器は人間を表している。きよめられた器は神に尊く用いられる。
金の器であっても、自分のために生きる人は、神の器ではない。
土の器であっても、尊い主の器として用いられる。






生まれたままの人は、全てが罪人である。自我の姿





器とは、体のこと
どんなに真面目な人も、誰から見ても立派に見える人でも
堕落した性質を持っている。無条件の愛は誰も持っていない。






救われた人には二人の主人がいる
体の中には、能力がある。たましいの中に性質がある。






自我はキリストとともに十字架で葬られた。死ななければならないほどに
罪人であることに同意し、死の恵みを信じる。 
いのちを捨てた者は、新しいいのちを受けて生きる。新生。新しく生まれ変わる。





自分を明け渡さずに、良い行いをして主にささげることは、根底に不信仰がある。
自分をささげることが主への信頼である。(ローマ12:1)



ローマ
6:13 また、あなたがたの肢体を不義の武器として罪にささげてはならない。
むしろ、死人の中から生かされた者として、
自分自身を神にささげ、自分の肢体を義の武器として神にささげるがよい。
6:14 なぜなら、あなたがたは律法の下にあるのではなく、恵みの下にあるので、
罪に支配されることはないからである。

     


090927

奥 義・・・・中心的な教え (重要)

★福音の内容 (ローマ16:25,26)
ローマ 16:25
わたしの福音とイエス・キリストの宣教とにより、かつ、長き世々にわたって、隠されていたが、今やあらわされ、預言の書をとおして、永遠の神の命令に従い、信仰の従順に至らせるために、もろもろの国人に告げ知らされた奥義の啓示によって、あなたがたを力づけることのできるかた
★十字架 (Tコリント2:7,8)
2:7 むしろ、わたしたちが語るのは、隠された奥義としての神の知恵である。それは神が、わたしたちの受ける栄光のために、世の始まらぬ先から、あらかじめ定めておかれたものである。
8 この世の支配者たちのうちで、この知恵を知っていた者は、ひとりもいなかった。もし知っていたなら、栄光の主を十字架につけはしなかったであろう。

★受肉の教義(Tテモテ3:16)
★キリストの内住(コロサイ1:27)

1:27

神は彼らに、異邦人の受くべきこの奥義が、いかに栄光に富んだものであるかを、知らせようとされたのである。この奥義は、あなたがたのうちにいますキリストであり、栄光の望みである。
★異邦人もこの救いにあずかること(エペソ3:5,6)
5 この奥義は、いまは、御霊によって彼の聖なる使徒たちと預言者たちとに啓示されているが、前の時代には、人の子らに対して、そのように知らされてはいなかったのである。
6 それは、異邦人が、福音によりキリスト・イエスにあって、わたしたちと共に神の国をつぐ者となり、共に一つのからだとなり、共に約束にあずかる者となることである。

★キリストの再臨の時に復活が起こり、変えられること
            (Tコリント15:51,52)

Tコリント

15:50 兄弟たちよ。わたしはこの事を言っておく。肉と血とは神の国を継ぐことができないし、朽ちるものは朽ちないものを継ぐことがない。15:51 ここで、あなたがたに奥義を告げよう。わたしたちすべては、眠り続けるのではない。終りのラッパの響きと共に、またたく間に、一瞬にして変えられる。15:52 というのは、ラッパが響いて、死人は朽ちない者によみがえらされ、わたしたちは変えられるのである。
Tテサロニケ
4:16 すなわち、主ご自身が天使のかしらの声と神のラッパの鳴り響くうちに、合図の声で、天から下ってこられる。その時、キリストにあって死んだ人々が、まず最初によみがえり、
4:17 それから生き残っているわたしたちが、彼らと共に雲に包まれて引き上げられ、空中で主に会い、こうして、いつも主と共にいるであろう。

黙示
10:7 第七の御使が吹き鳴らすラッパの音がする時には、神がその僕、預言者たちにお告げになったとおり、神の奥義は成就される」。

11:15 第七の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、大きな声々が天に起って言った、「この世の国は、われらの主とそのキリストとの国となった。主は世々限りなく支配なさるであろう」。
090927 参考資料



090920      Tテモテ3:1−13

2章は一般の教会のメンバーに対する礼拝時のにおける問題点 3章は教会の役員、執事のこと
教会の組織化 信仰の成熟したものがリーダーとなって教会を支える

    監督(長老)・・・見張り、見守る、配慮者、群れの世話役、リーダー的な役割
執事・・・食卓の給仕、仕える人の言語、奉公人、補佐的役割



3:1 「もし人が監督の職を望むなら、それは良い仕事を願うことである」とは正しい言葉である。
1節.〈すばらしい〉と言われているのは,地位や身分や肩書きではなく,仕事,働きの内容
奉仕すると信仰が成長する

信仰によってなされるわざ・・・・信仰がなければ出来ないこと
価値ある仕事を目指すこと

3:2 さて、監督は、非難のない人で、ひとりの妻の夫であり、自らを制し、慎み深く、礼儀正しく、旅人をもてなし、よく教えることができ、
3:3 酒を好まず、乱暴でなく、寛容であって、人と争わず、金に淡泊で、
3:4 自分の家をよく治め、謹厳であって、子供たちを従順な者に育てている人でなければならない。
非難のない人 非難されるようなことのない人
        ひとりの妻の夫  ・・・・・・・  独身者の禁止ではなく、重婚の禁止、義なる愛
        自らを制し    ・・・・・・・    自制
        慎み深く、 ・・・・・・・     自我の主張をせず、謙遜
        礼儀正しく、・・・・・・・    不作法をしない
        旅人をもてなし、 ・・・・・・・   他者への愛、配慮  愛の実践
        よく教えることができ よく学び理解し、教えられるくらいに習熟
        酒を好まず   ・・・・・・・ 全く飲むなではなく、(大酒を飲まず控え目・執事で)
        乱暴でなく 、・・・・・・・    平和を愛し
        寛容であって、 ・・・・・・・ 広い心、赦す心
        人と争わず 、・・・・・・・   短気でけんか好きではなく
        利をむさぼらず  ・・・・・・・ 金銭に支配されず、私利私欲に走らない

マタイ6:24 だれも、ふたりの主人に兼ね仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛し、あるいは、一方に親しんで他方をうとんじるからである。あなたがたは、神と富とに兼ね仕えることはできない。

        自分の家をよく治め、 ・・・・・・・
        謹厳であって  ・・・・・・・ 真面目で威厳があり、軽々しくないこと、
        子供たちが十分な尊敬をもって親に従っている者
                   ・・・・・・・ 子供たちを従順な者に育てている人
                  仕事だけやって家では子育てに参加しない?

3:5 自分の家を治めることも心得ていない人が、どうして神の教会を預かることができようか。
   家庭より教会が大きいので、まず小さいところをうまく治め、より大きなものを治められる


3:6 彼はまた、信者になって間もないものであってはならない。そうであると、高慢になって、悪魔と同じ審判を受けるかも知れない。
信仰者として経験や成熟してることは大事  
          悪魔は高ぶって神のようになろうとした  ★ 神は高くいてもへりくだっている            
           (開拓教会では厳格にいわれない)

3:7 さらにまた、教会外の人々にもよく思われている人でなければならない。そうでないと、そしりを受け、悪魔のわなにかかるであろう。
        悪魔のわな・・・悪魔はいつも教会を破壊しようとねらってくる

3:8 それと同様に、執事も謹厳であって、二枚舌を使わず、大酒を飲まず、利をむさぼらず、
 謹厳     ・・・   監督と同様で、真面目で威厳があり、軽々しくないこと、
二枚舌    ・・・   言うことがころころ変わったり、嘘をいうこと
大酒を飲まず  ・・・   酒を好まず(監督) 酒はほうとうに繋がる
厳しい現実か逃げる 多幸感 不安解消、
       利をむさぼらず ・・・ (監督同じ)不正な利をむさぼらず、金銭に支配されず、私利私欲に走らない
 
3:9 きよい良心をもって、信仰の奥義を保っていなければならない。
  きよい良心をもって ・・・・・ 真実な心で、
信仰の奥義 ・・・ ★ キリストを通しての啓示で明らかにされた福音の真理
奥義は旧約時代に不明だった・・・新約聖書で明らかにされた

3:10 彼らはまず調べられて、不都合なことがなかったなら、それから執事の職につかすべきである。
3:11 女たちも、同様に謹厳で、他人をそしらず、自らを制し、すべてのことに忠実でなければならない。
    ★ 新改訳では 婦人執事か執事の妻か、のことか  ・・・・ フィベは婦人執事で禁じてはいない

3:12 執事はひとりの妻の夫であって、子供と自分の家とをよく治める者でなければならない。
監督と同じ・・・多重結婚、愛人を持ってはいけない
3:13 執事の職をよくつとめた者は、良い地位を得、さらにキリスト・イエスを信じる信仰による、大いなる確信を得るであろう。
   執事の職をよくつとめた者は、★ 信仰が深まり大きく成長する。実際に教会の奉仕は信仰が確信になる
        〈強い確信を持つことができる〉

・・・・・ コップのたとえへ


ローマ
6:3 それとも、あなたがたは知らないのか。キリスト・イエスにあずかるバプテスマを受けたわたしたちは、彼の死にあずかるバプテスマを受けたのである。
6:4 すなわち、わたしたちは、その死にあずかるバプテスマによって、彼と共に葬られたのである。それは、キリストが父の栄光によって、死人の中からよみがえらされたように、わたしたちもまた、新しいいのちに生きるためである。
6:5 もしわたしたちが、彼に結びついてその死の様にひとしくなるなら、さらに、彼の復活の様にもひとしくなるであろう。
6:6 わたしたちは、この事を知っている。わたしたちの内の古き人はキリストと共に十字架につけられた。それは、この罪のからだが滅び、わたしたちがもはや、罪の奴隷となることがないためである。
6:7 それは、すでに死んだ者は、罪から解放されているからである。













2009.9.13

Tテモテ2:8-15

 
Tテモテ
2:8 男は、怒ったり争ったりしないで、どんな場所でも、きよい手をあげて祈ってほしい。

手をあげて・・・ユダヤ人の祈りの習慣
いかり、争い・・・・自分の義、自己正当化の主張・・・・自分が中心
祈ることで・・・・神の義、本当の義・・・・・真実の求めができる
怒ったり争ったり・・・・自我のぶつかり合い、人を傷つけ、自分を傷つける、苦しみを背負う


2:9 また、女はつつましい身なりをし、適度に慎み深く身を飾るべきであって、髪を編んだり、金や真珠をつけたり、高価な着物を着たりしてはいけない。2:10 むしろ、良いわざをもって飾りとすることが、信仰を言いあらわしている女に似つかわしい。

エペソの教会には、極端な女性がいた・・・時代背景
美とは何か、本当の美 とは何か?

Tペテロ
3:3 あなたがたは、髪を編み、金の飾りをつけ、服装をととのえるような外面の飾りではなく、3:4 かくれた内なる人、柔和で、しとやかな霊という朽ちることのない飾りを、身につけるべきである。これこそ、神のみまえに、きわめて尊いものである。
表面的な美ではなく、内面の美を言う
人は外見を見るが、神は心を見る・・・・


2:11 女は静かにしていて、万事につけ従順に教を学ぶがよい。
2:12 女が教えたり、男の上に立ったりすることを、わたしは許さない。むしろ、静かにしているべきである。

       
ガラテヤ人への手紙
3:28 もはや、ユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自由人もなく、男も女もない。あなたがたは皆、キリスト・イエスにあって一つだからである。
ローマ人への手紙
16:1 ケンクレヤにある教会の執事、わたしたちの姉妹フィベを、あなたがたに紹介する。
16:2 どうか、聖徒たるにふさわしく、主にあって彼女を迎え、そして、彼女があなたがたにしてもらいたいことがあれば、何事でも、助けてあげてほしい。彼女は多くの人の援助者であり、またわたし自身の援助者でもあった。
16:3 キリスト・イエスにあるわたしの同労者プリスカとアクラとに、よろしく言ってほしい。

フィベ、プリスカ・・・女性を同労者と言っており、女性をさげすんでいたり、低く見たりはしていない

聖書の教えは女性を解放し女性の地位を向上させていった
    
2:13 なぜなら、アダムがさきに造られ、それからエバが造られたからである。
2:14 またアダムは惑わされなかったが、女は惑わされて、あやまちを犯した。
2:15 しかし、女が慎み深く、信仰と愛と清さとを持ち続けるなら、子を産むことによって救われるであろう。

     子を産むことによって救われる・・・キリストを信じて救われる(原則)


Tペテロ
3:7 夫たる者よ。あなたがたも同じように、女は自分よりも弱い器であることを認めて、知識に従って妻と共に住み、いのちの恵みを共どもに受け継ぐ者として、尊びなさい・・・

  弱さがあるが故に前面に出ない方がいい。

エペソの教会では偽教師に惑わされて出しゃばったことを言ってしまう女性がいたようだ
そのために厳しく書かれた

エペソ
5:22 妻たちよ。あなたがたは、主に従うように、自分の夫に従いなさい。5:23 なぜなら、キリストは教会のかしらであって、ご自身がそのからだの救い主であられるように、夫は妻のかしらであるからです。
5:24 教会がキリストに従うように、妻も、すべてのことにおいて、夫に従うべきです。
5:25 夫たちよ。キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられたように、あなたがたも、自分の妻を愛しなさい。

   夫は妻のために命を捨てる・・・・そういう夫に従う

ローマ
13:14 あなたがたは、主イエス・キリストを着なさい。

コロサイ
3:12 だから、あなたがたは、神に選ばれた者、聖なる、愛されている者であるから、あわれみの心、慈愛、謙そん、柔和、寛容を身に着けなさい。












090823   説教要旨

Tテモテ2:1 そこで、まず第一に勧める。すべての人のために、王たちと上に立っているすべての人々のために、願いと、祈と、とりなしと、感謝とをささげなさい。
執筆年代  ・・・AD63年 
ローマの大火・・・AD64年7月19日 ネロ皇帝による大迫害
 
   ★ 願 い  ★とりなし  ★感 謝
         ・・・・ 信仰、犠牲の愛

2:2 それはわたしたちが、安らかで静かな一生を、真に信心深くまた謹厳に過ごすためである。
2:3 これは、わたしたちの救主である神のみまえに良いことであり、また、みこころにかなうことである。

厳しい時代背景・・・迫害と弾圧

    生ぬるい信仰では、生きていけなかった
安らか 静か 信仰深く 謹厳に

2:4 神は、すべての人が救われて、真理を悟るに至ることを望んでおられる。
すべての人を・・・迫害者、神に逆らう人たちも
  神は・・・神をのろい、反抗し、神を汚す者にも
  救いの手を伸ばす、真の愛の方

2:5 神は唯一であり、神と人との間の仲保者もただひとりであって、それは人なるキリスト・イエスである。

Tコリント8:4〜6
・・・わたしたちは、偶像なるものは実際は世に存在しないこと、また、唯一の神のほかには神がないことを、知っている。 というのは、たとい神々といわれるものが、あるいは天に、あるいは地にあるとしても、そして、多くの神、多くの主があるようではあるが、 わたしたちには、父なる唯一の神のみがいますのである。万物はこの神から出て、わたしたちもこの神に帰する。また、唯一の主イエス・キリストのみがいますのである。万物はこの主により、わたしたちもこの主によっている。

多神教の神々・・・専門分野、全能ではない
悪霊の偽り



2:6 彼は、すべての人のあがないとしてご自身をささげられたが、それは、定められた時になされたあかしにほかならない。
   十字架の時・・・定められた時
     あかし・・・神の愛 


2:7 そのために、わたしは立てられて宣教者、使徒となり(わたしは真実を言っている、偽ってはいない)、また異邦人に信仰と真理とを教える教師となったのである。
   真実を言っている、偽ってはいない
    ・・・嘘だ偽りだと言う人たちがいる中


マタイ
5:44 しかし、わたしはあなたがたに言う。敵を愛し、迫害する者のために祈れ。  

義務感の愛×犠牲の愛  表面上 本 物
本音 と 建前
本音・・真実の感情・欲求
建前・・公に表す行動・意見

マルコ
12:30 心をつくし、精神をつくし、思いをつくし、力をつくして、主なるあなたの神を愛せよ。
12:31 自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ。これより大事ないましめは、ほかにない」。


■ 結論・・・本気になって神に求めること






20090809

 Tテモテ1:12〜20

 
説 教 題
「主の恵みは増し加わり、その寛容は限りなく 2. ・・・罪人のかしらの救い」

   パウロが晩年に、若い伝道者に 伝える ・・・・ 神のあわれみ、神の恵み 
          ☆☆☆ そして、その大きさ



Tテモテ
1:12 わたしは、自分を強くして下さったわたしたちの主キリスト・イエスに感謝する。主はわたしを忠実な者と見て、この務に任じて下さったのである。
1:13 わたしは以前には、神をそしる者、迫害する者、不遜な者であった。しかしわたしは、これらの事を、信仰がなかったとき、無知なためにしたのだから、あわれみをこうむったのである。


  
パウロは以前・・・・
使徒 22:4、25
そして、この道を迫害し、男であれ女であれ、縛りあげて獄に投じ、彼らを死に至らせた。・・・さらにわたしは、・・・その地にいる者たちを縛りあげ、エルサレムにひっぱってきて、処罰するため、出かけて行った。
26:10、11 ・・・多くの聖徒たちを獄に閉じ込め、彼らが殺される時には、それに賛成の意を表しました。それから、いたるところの会堂で、しばしば彼らを罰して、無理やりに神をけがす言葉を言わせようとし、彼らに対してひどく荒れ狂い、ついに外国の町々にまで、迫害の手をのばすに至りました。


パウロは迫害者、不忠実・・・忠実な者として強くされた
無知のゆえ・・・あわれみを受け使徒に
        
    パウロはどう祈ったか?     
      悔い改めと不安、否定的な思い
      主の深く強い恵みに触れていった



1:14 その上、わたしたちの主の恵みが、キリスト・イエスにある信仰と愛とに伴い、ますます増し加わってきた。
1:15 「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世にきて下さった」という言葉は、確実で、そのまま受けいれるに足るものである。わたしは、その罪人のかしらなのである。


信仰・愛・・・キリストが源
  人を造り変える神の恵みに注目
   ※ 迫害し、暴力をふるう者
   ・・・愛を目標とした働き人に造りかえられる
  
  ★ 人は新しくされてゆく ・・・神の創造の目的のために

     ギデオン・・・臆病者 → 勇士よ   ヤコブ、ヨハネ・・・雷の子 → 愛の使徒

 ★ 罪人のかしら
1.伝道者として先頭に立つ
2.迫害者だったため明確な罪人
      3.聖化にともなう罪意識

  聖化が進む・・・罪からの解放も進む
  自分の罪の深さも、もっとわかるようになる


自分を実例として、キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世にきて下さった。という言葉は、確実。


1:16 しかし、わたしがあわれみをこうむったのは、キリスト・イエスが、まずわたしに対して限りない寛容を示し、そして、わたしが今後、彼を信じて永遠のいのちを受ける者の模範となるためである。
1:17 世々の支配者、不朽にして見えざる唯一の神に、世々限りなく、ほまれと栄光とがあるように、アァメン。
  
 模範(見本)・・人の救いのため
  さばきの見本ではなく、恵みを受けた見本
ここでパウロは、神を誉め称えずにいられなくなった

1:18 わたしの子テモテよ。以前あなたに対してなされた数々の預言の言葉に従って、この命令を与える。あなたは、これらの言葉に励まされて、信仰と正しい良心とを保ちながら、りっぱに戦いぬきなさい。
テモテへの励まし・・・預言・・・神の召命、神の計画
テモテはエペソの現状見て
    ・・・若い自分に重荷と思った
       落胆し、気落ちし、情けなく思った
★ 自分を見るのではなく、力ある主を見上げ、主に頼る
Tヨハネ 5:4、5
なぜなら、すべて神から生れた者は、世に勝つからである。そして、わたしたちの信仰こそ、世に勝たしめた勝利の力である。世に勝つ者はだれか。イエスを神の子と信じる者ではないか。


1:19 ある人々は、正しい良心を捨てたため、信仰の破船に会った。
1:20 その中に、ヒメナオとアレキサンデルとがいる。わたしは、神を汚さないことを学ばせるため、このふたりをサタンの手に渡したのである。


Uテモテ2:17、18
彼らの言葉は、がんのように腐れひろがるであろう。その中にはヒメナオとピレトとがいる。彼らは真理からはずれ、復活はすでに済んでしまったと言い、そして、ある人々の信仰をくつがえしている。
実名で名指し ・・・学ばせるため・・・サタンの手に渡す
 ・・・なすがままにさせ、立ち返るのを祈る
見捨てたのではない



■ まとめ
自分はこういう弱さを、持っている。
 自分はこんな愚かさを、かかえている。
         ・・・ だから、 自分はだめだ。
        ・・・ そこにこそ、神は働く!

ヘブル4:16
ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。



2009.08.02

説 教 題    「主の恵みは増し加わり、その寛容は限りなく 1.
・・・律法の持つ目標」

★牧会書簡 パウロ 63年頃 最晩年 

Tテモテ
1:1 わたしたちの救主なる神と、わたしたちの望みであるキリスト・イエスとの任命によるキリスト・イエスの使徒パウロから、 1:2 信仰によるわたしの真実な子テモテへ。父なる神とわたしたちの主キリスト・イエスから、恵みとあわれみと平安とが、あなたにあるように。
   ・使徒の任命 ・・・ (使徒 9:15,16)
       人間的なものではなく 神からのもの






1:3 わたしがマケドニヤに向かって出発する際、頼んでおいたように、あなたはエペソにとどまっていて、ある人々に、違った教を説くことをせず、 1:4 作り話やはてしのない系図などに気をとられることもないように、命じなさい。そのようなことは信仰による神の務を果すものではなく、むしろ論議を引き起させるだけのものである。

・テモテ(30歳?)・・・エペソに
 ・違った教えを説く、作り話、果てしない系図
    聖書が未完成・・・混乱
信仰の成長、神の務めからはずれる
           (福音宣教、教会成長の働き)
不明確・・・無駄な論争に


1:5 わたしのこの命令は、清い心と正しい良心と偽りのない信仰とから出てくる愛を目標としている。
大事なこと・・・目標
       神の命令(律法、戒め) → 愛を目標
    愛(言行)←(内面)清い心、正しい良心、
              偽りのない信仰
 

ヘブル10:22(新改訳)
そのようなわけで、私たちは、心に血の注ぎを受けて邪悪な良心をきよめられ、からだをきよい水で洗われたのですから、全き信仰をもって、真心から神に近づこうではありませんか。   
       ・・・良心、 全き信仰、真心
       ★すべてキリストが関わっている



 ヨハネ4:14
 ヨハネ7:37〜39

   清い心、正しい良心、偽りのない信仰




1:6 ある人々はこれらのものからそれて空論に走り、 1:7 律法の教師たることを志していながら、自分の言っていることも主張していることも、わからないでいる。
1:8 わたしたちが知っているとおり、律法なるものは、法に従って用いるなら、良いものである。
       ・目標からそれ 空論に走り
     律法の教師を志しながら 道に迷った
        律法は良くないもの? 
        ・・・・


1:9 すなわち、律法は正しい人のために定められたのではなく、不法な者と法に服さない者、不信心な者と罪ある者、神聖を汚す者と俗悪な者、父を殺す者と母を殺す者、人を殺す者、 1:10 不品行な者、男色をする者、誘かいする者(奴隷商人)、偽る者、偽り誓う者、そのほか健全な教にもとる(そむく)ことがあれば、そのために定められていることを認むべきである。
   正しい人・・・信仰による義人   
    違反者リスト・・・極端な罪、悪を示す

 律法の役割・・・・罪を示し、救いの必要
        守る力は与えない
        福音(キリストの救い)へと導く
ガラテヤ3:24
このようにして律法は、信仰によって義とされるために、わたしたちをキリストに連れて行く養育掛となったのである。  
  律法(養育係)のもとから恵みのもと(キリスト・福音)へ
  

1:11 これは、祝福に満ちた神の栄光の福音が示すところであって、わたしはこの福音をゆだねられているのである。
  福音・・・祝福に満ち、神の栄光の現れ


   ■ 結 論

※ 道からそれたエペソ教会に愛の目標を再確認









   2009.7.26    説 教 要 旨


    題
  
「あなた方自身と手足を義の器として、神にささげなさい」

         

イエス、ダビデ、ヤコブ、ヨセフ、弟子たち
器として ・・・・ 砕かれる

使徒7:22
モーセはエジプト人のあらゆる学問を教え込まれ、言葉にもわざにも、力があった。
  先進国エジプトでの教育

7:23・・・・ イスラエル人たちのために尽すことを、思い立った。
    思い立った・・・自分の意志

7:24 ・・・・イスラエルを虐待しているエジプト人を殺した
行動の方向


7:25 彼は、自分の手によって神が兄弟たちを救って下さることを、みんなが悟るものと思っていたが、実際はそれを悟らなかったのである。
自分の手、自分の力、能力、受けた教育によってイスラエルを救う      
           ・・・イスラエルの反応

イエスは拒絶され → 十字架へ
モーセも拒絶され  → 荒 野へ
              (砕かれた)

使徒7:29〜34
    出 4:10〜13




★★★★★

使徒7:22 ・・・言葉にもわざにも、力があった。
・・・・40年後 ・・・・
出 4:10 モーセは主に言った「ああ主よ、わたしは ・・・・言葉の人ではありません。・・・口も重く、 舌も重いのです」。

4:11 主は彼に言われた、「だれが人に口を授けたのか」
               ・・・・主は怒る。
4:13 モーセは言った「ああ、主よ、どうか、ほかの適当な人をおつかわしください」。


 エジプト・・・最高の学問、指導力、帝王学を学び

 荒  野 ・・・謙遜と無力さを学んだ



  
★神に用いられること

詩篇
33:15 主はすべて彼らの心を造り、そのすべてのわざに心をとめられる。
33:16 王はその軍勢の多きによって救を得ない。勇士はその力の大いなるによって助けを得ない。
33:17 馬は勝利に頼みとならない。その大いなる力も人を助けることはできない。
33:18 見よ、主の目は主を恐れる者の上にあり、そのいつくしみを望む者の上にある。

Uコリント12:9
それだから、キリストの力がわたしに宿るように、むしろ、喜んで自分の弱さを誇ろう。

Uコリント1:8
・・・生きる望みをさえ失ってしまい、1:9 心のうちで死を覚悟し、自分自身を頼みとしないで、死人をよみがえらせて下さる神を頼みとするに至った。

ゼカリヤ4:6
権勢によらず、能力によらず、わたしの霊によるのである。



★召命の証

Tヨハネ4:20
『神を愛すると言いながら兄弟を憎んでいるなら、その人は偽り者です。目に見える兄弟を愛していない者に、目に見えない神を愛することはできません。』

ローマ6:13,14
『あなたがたの手足を不義の器として罪にささげてはいけません。むしろ、死者の中から生かされた者として、あなたがた自身とその手足を義の器として神にささげなさい。というのは、罪はあなたがたを支配することがないからです。』


  ※ ※ ※ 
   献身の祈り 
      ・・・・キリストのことば

 










09年7月5日 日曜礼拝 メッセージ 内容


聖 書 朗 読

マタイ
10:38 また自分の十字架をとってわたしに従ってこない者はわたしにふさわしくない。
10:39 自分の命を得ている者はそれを失い、わたしのために自分の命を失っている者は、それを得るであろう。

ルカ14:26 「だれでも、父、母、妻、子、兄弟、姉妹、さらに自分の命までも捨てて、わたしのもとに来るのでなければ、わたしの弟子となることはできない。
14:27 自分の十字架を負うてわたしについて来るものでなければ、わたしの弟子となることはできない。


説 教 題

「キリストの弟子となるために」

  ★ 自分をキリストの弟子にふさわしいと思いますか?




マタイ 28:19,20
それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、あなたがたに命じておいたいっさいのことを守るように教えよ。見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである。



マタイ
10:37 わたしよりも父または母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりもむすこや娘を愛する者は、わたしにふさわしくない。
マタイ10:38 また自分の十字架をとってわたしに従ってこない者はわたしにふさわしくない。

ルカ14:26 「だれでも、父、母、妻、子、兄弟、姉妹、さらに自分の命までも捨てて、わたしのもとに来るのでなければ、わたしの弟子となることはできない。14:27 自分の十字架を負うてわたしについて来るものでなければ、わたしの弟子となることはできない。

      ★ 否定的な言い方



 ★・・・父、母、むすこ、娘を愛する者は、わたしにふさわしくない。
      
         ・家族愛よりキリストへの愛  
          ・・・ここでの家族はキリストに反し
             誤った判断
   
         ・キリストの例・・・十字架と家族
             ・・・・ 母は十字架をどう思ったか?

           神は正しいので最終的に家族は理解する

 ★ 自分を捨て、日々十字架を負って・・・
 
       ・自己中心的な自己実現、的外れ

        ・命(古い)までも捨てよ・・・捨てる者は本物の命を得る
        
        ○命はふたつある。


■ 12弟子たちの反応

マタイ
26:33 するとペテロはイエスに答えて言った、「たとい、みんなの者があなたにつまずいても、わたしは決してつまずきません」。26:34 イエスは言われた、「よくあなたに言っておく。今夜、鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないというだろう」。26:35 ペテロは言った、「たといあなたと一緒に死なねばならなくなっても、あなたを知らないなどとは、決して申しません」。弟子たちもみな同じように言った。

         
図 解 へ


  
 1. 

※ キリストの顔は聖書

頼るは
自分

うまくいかない
十字架は負えない

的外れ
 2.






心に迎える

臨 在
共にいる
  3.     





心の王座に自分が座り
以前と同じ

自分の人生を自分のために生きる

成長はない
4.
     




神さまのために自分で頑張る
努力の結果
ある程度の実
しかし、的はずれ

燃え尽き症候群になる

神の力は来ない
十字架は負えない
5.




神を頼り、すべてをささげ、ゆだねる
王座にキリスト
キリストの支配、管理
束縛ではなく自由
失敗が減る
重荷が減る


十字架を負える
神の力が来る

                
    
ガラテヤ5:22、23
 御霊の実は、愛、喜び、平和、寛容、慈愛(親切)、善意、忠実(誠実)、柔和、自制・・・

エペソ5:9 光はあらゆる善意と正義と真実との実を結ばせるものである――

ピリピ1:11 イエス・キリストによる義の実に満たされて、神の栄光とほまれとをあらわすに至るように。

ヘブル12:11 すべての訓練は、当座は、喜ばしいものとは思われず、むしろ悲しいものと思われる。しかし後になれば、それによって鍛えられる者に、平安な義の実を結ばせるようになる。

ヤコブ3:17 しかし上からの知恵は、第一に清く、次に平和、寛容、温順であり、あわれみと良い実とに満ち、かたより見ず、偽りがない。3:18 義の実は、平和を造り出す人たちによって、平和のう
ちにまかれるものである。


ヨハネ 15:8 あなたがたが実を豊かに結び、そしてわたしの弟子となるならば、それによって、わたしの父は栄光をお受けになるであろう。





  
今 月 の 賛 美      ABOVE ALL

   世界の すべてを 造られて 治める方
    この世の 知恵 力 にも 
    まさる 唯一の方 
   すべての 国々 その富と 栄光さえ
   比べることは できない すべてに まさる方

   
十字架で 苦しまれ 死なれた
   バラのように 孤独で 踏みつけられても
   私を 愛して くださった