青堀教会は、プロテスタントに立つ教会です。聖書の御言葉を信じて、神様の恵みと力に生きることを求めている人々が集まっています。愛と希望のある人生を、あなたも歩み出してみませんか。どなたでも、歓迎いたします。


 私達の教会は、1936年(昭和11年)橋本太加次郎牧師が大堀の地に転任された年を以て教会創立と定めました。  

 ジョン・ウェスレー、B.F.バックストン先生(*)、拓植不知人師(つげ ふじと)の信仰の流れをくむ教会です。1919年(大正8年)頃 柘植不知人先生の聖会が千葉県下に開かれ、リバイバルが発生しました。
 そのリバイバルの霊流が銚子、千葉、木更津、八重原と流れ、八重原に基督伝道館の設立を見るまでになりましたが、昭和11年4月 交通の便宜上 青堀町に教会を移し初代牧師赴任と共に 青堀教会創立と致しました。
 

 
(*) バークレーF.バクストン師はイギリスケンブリジ大学に学ばれましたが、1890年日本伝道に来日、松江でわらじばきで伝道するかたわら、多くの伝道者や信徒を訓練して、松江バンドと呼ばれる、日本の純福音派の源流を生み出されました。帰国後も、再三来日、各地を巡回、講演会、修養会で語られました。彼の教えを受けた人々は、多方面に及んでいます。
  銀座教会の名誉牧師だった故渡辺善太師は、「新神学、高等批評で理屈は言うが心は空虚だつた。そういう自分を救ったのは、若い時、バクストンに出会い、彼の『火をもって答える神を神とせよ』という説教を聞き、これが聖書を通して神が語りたもうたもののだ、と感じた」と語られました。
  バックストン師の秘書だった故米田豊師は「バックストンは『神の聖き人』だ、身近にいると温かで、それでいて神々しい、この人こそ聖者だと思つた」こ言われました。
  故本田弘慈師は、バックストン師は聖霊を受けよと語ったばかりか、彼の生活において、聖霊を見せた、潔めを語ったばかりでなく、潔めを見せた、と言っておられました。 (2005年バックストン聖会の資料より)